• あの日の話

    2026年3月11日

    毎年この日になると当時のことを考えているので、今年はちゃんと文字にしておこうと思う。

    震災当時

    震災にあったのは幼稚園が終わって帰宅して、おやつを食べる前のことだった。

    当時はアナログ放送から地デジへの移行期間で、家のテレビはまだブラウン管だった。アナログ放送からデジタル放送への移行期間中だったので、ただでさえ狭い4:3の画面が、移行を促すメッセージでもっと狭くなっていたのが懐かしい。

    当時は専業主婦だった母と、幼稚園が終わった後おやつを食べながら相棒を見るのが日課だった。その日もおやつを準備していたところに緊急地震速報が鳴って、すぐにグラッと揺れが来た。テーブルが近くにあったので、母と一緒にその下に潜り込んだ。震度4。思えばそれ以上の揺れにあったことは今もない。

    母が取り乱していたのが印象的だった。その半面、自分は妙に冷静だった。というより、不思議なほど現実感がまったくなかった。ブラウン管に映る、黒い波に覆われていく海岸沿いの映像を見ても、よくできたCGとしか思えなかった。

    現実感こそなかったものの、震災の前後で日本に漂う空気が明らかに変わったように感じる。震災前は学校で鉄腕ダッシュやイッテQの話をしてゲラゲラ笑っていたのに、震災後はとてもそういう空気じゃなくなった。自粛ムードと計画停電、周囲の大人たちのピリつきもあったと思う。

    15年経ってそれなりに薄まったけれど、今でもこの時期になると、空は晴れてるのに心なしかどんよりしているような、あの空気感をどこかで感じている。

    修学旅行

    コロナで沖縄行きがおじゃんになって、代わりに岩手に行くことになった。正直「岩手か……」とあまり乗り気ではなかった。行ってみた感想として岩手県はとても良かったし、東北の他の県にも行ってみたくなった。

    ただバスで山梨〜岩手間はしんどかった。6時間程度バスに揺られてたのだけど、これはほぼ山梨〜京都間と同じ距離。次があるなら新幹線か飛行機にしたい。

    その修学旅行で、津波の被害にあった校舎を見学することになった。泥と砂だらけの教室に入ったとき、ふと足元に落ちている教科書が目に入った。泥だらけのまま落ちていた。

    それが、自分たちが普段使っているものと同じ教科書だと気づいたとき、これまで「スクリーン越しでの出来事」としか捉えられなかった震災が、初めて実際に起こった出来事なんだなと、12年越しに現実として受け止められた気がした。

    15年経った

    あれから15年経った。

    実感のブラウン管は液晶テレビになったし、デジタル放送への移行もした。ネット接続はADSLからフレッツ光になったし、住む家も場所も変わった。

    当時年長さんだった僕は社会人になって働いてるし、当時赤ちゃんだった人は高校生になって家の前を通学している。

    15年も経つと記憶も薄れる。それでも、あれから毎年この日になると、あの海を望む校舎で見た、泥だらけの教科書のことを思い出す。


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